ボラカイから帰ってわかった海外生活や海外留学のリスク

ボラカイは楽園だった。

 
本当に言葉の通り楽園だった。 朝の9時からスタートして夕方まで英語の授業をとっていた。
授業が終わると、寮の仲間と食事に出かけたり歩いたり泳いだり。
自分から何かを探さなくても日々刺激がそこにあるのが海外生活の凄いところだと思う。
まぁ、生活といっても短期なので生活といえるかどうかわからない。ただ日本の文化とまったく違う世界はやはり生活しているだけで刺激と発見の連続で、何もしていなくても「何かしている気になれる」ものだなと。

日本に戻ってよく感じるのは、『あの感覚に戻りたい』だ。
これは遊びたいってことではないし、ボラカイに戻りたいとかっていうシンプルなものではない。
刺激のある生活が送りたい。そして、ただ生活しているだけで刺激があったあの日々に生きてるという感覚を覚えてしまうのだと思う。

僕の場合は、恵まれてることに日本でやりたいこともたくさんあるし大切な家族もいる。
ただし、これが無い人が海外から帰ってきて、日本生活をすると虚無感みたいなものがあるっていうのはなんとなく理解できる気がした。
ただ、それは言い訳で日本で何もできないから海外だとただ生活しているだけで発見や刺激があり生きてる感じを得られるというそれだけだとおもう。

海外に出ることや世界に興味を持つことは本当に素晴らしいと思う。
しかし、その世界に呑まれるのではなく、どこにいても自分から自分をとりまく世界を変えていけるような思考を常にもっていないと、世界を転々としながら生きていくことはできないし、その刺激はいずれ薄れていく。そのときに自分の力で自分を変えることができないと場所のせいにしたり、社会やルールのせいにしてしまうようになるのかなと感じた。

日本以外で暮らすことは刺激的だ。行くだけだから簡単。誰にだってできる。難しいと思っているだけだ。
ただ、本当に難しいのは場所に限らず自分の力で未来を変えていくことだと思う。
海外生活や留学の怖さをまざまざと感じた気がする。 何もない人が海外に飛び出して人が変わってしまうっていうのはよくある話だ。
見つけなくても刺激のある世界を知ってしまうと自分から刺激を作り出せなくなっているのかもしれない。 

それは日本のせいじゃない。 きっと自分のせいだ。

世界に見よう。しかし世界を見ることで自分を見失ってしまうようなことにはならないでほしい。